• 江戸を学び、江戸で遊ぼう

     最初の江戸城は、戦国時代の康正3年(1457年)に太田道灌により、築かれました。その後は、北条家の支配下などに置かれましたが、殆ど使われず、荒れ果てていたとされます。
     その後、徳川家康が、天正18年8月朔日(1590年8月30日)に入城した後、徐々に整備が行われます。そして、天守閣、本丸、二の丸、三の丸、北の丸、西の丸と、世界でも類を見ない巨大な城が出来上がっていきます。その後、江戸城は、幾多もの火災へ経て再建を繰り返すのですが、最後は西の丸しか残りませんでした。そして、明治となり、その西の丸も火災に会い、現在の皇居は、その時、立て直されたものです。
     従って、現在、江戸時代の城そのものを見ることは出来ませんが、門や櫓、橋などがかつての情景を想像させてくれ、充分堪能出来ます。本丸があった皇居東御苑は当日入場可ですし、西の丸があった皇居も予約すれば入場することが出来ます。特に天気の良い日は、視界が開けていて、お勧めです。是非行ってみてください。

    江戸城

    家康は、なぜ江戸を選んだのか

    ¶ 江戸城の始まりと終わり 太田道灌が康正3年(1457年)に築城したのが、江戸城の始まりとされています。 徳川家康は、天正18年8月1日(1590年8月30日)に初めて入城しました。以降この日は、八 …

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    江戸城の拡張と整備(普請)

    ¶初期の江戸城  戦国時代の康正3年(1457年)に太田道灌により、最初の江戸城は、築かれました。しかし、太田道灌が殺害された後は、上杉家の隠居城として使われたり、北条家の支配下に置かれたりしましたが …

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    「江戸図屏風」

    江戸城の火災と3つの天守

    ¶ 度重なる焼失 何度も、江戸城は焼失しています。寛永16年(1639年)、明暦3年(1657年)、天保15年(1844年)、安政6年(1859年)に焼失し、その都度再建されています。本当に江戸の町は …

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    江戸城 富士見櫓

    江戸城へ行ってみよう

    現在の江戸城は、皇居東御苑や皇居となっています。 ¶ 皇居東御苑…本丸など…晴れた日には永遠が見える 将軍の居城であった本丸や二の丸、三の丸は、慶応3年(1863年)や明治元年(1873年)の火災で焼 …

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